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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7452号 判決

原告

甲山花子

右訴訟代理人

折田泰宏

被告

乙川太郎

被告

乙川ふゆ

被告

乙川秋枝

右三名訴訟代理人

柴田耕次

主文

一  被告乙川太郎は、原告に対し、二六九万七三八〇円及び内金二三九万七三八〇円に対する昭和五五年一月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告乙川太郎に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告乙川ふゆ及び被告乙川秋枝に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告乙川太郎に生じた分を五分し、その二を被告乙川太郎の負担とし、その余及び被告乙川ふゆ及び被告乙川秋枝に生じた分を原告の負担とする。

五  第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告

1被告乙川太郎(以下「被告太郎」という。)は、原告に対し、六七一万〇一四〇円及びこれに対する昭和五五年一月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2被告乙川ふゆ(以下「被告ふゆ」という。)及び被告乙川秋枝(以下「被告秋枝」という。)は、それぞれ、被告太郎と連帯して原告に対し、三三五万五〇七〇円及びこれに対する昭和五五年一月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3訴訟費用は、被告らの負担とする。

4仮執行の宣言。

二  被告ら

1原告の請求を棄却する。

2訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  主張

一  請求の原因

1原告と被告太郎とは、昭和四七年一〇月末ころから交際するようになり、昭和五三年四月に婚約し、同年七月二八日結納を取り交わし、結婚式及び披露宴を同年一〇月七日に行う旨取り決めたが、同被告は、原告に対し、同日付の内容証明郵便により、婚約を破棄する旨通告した。

2右の婚約破棄に至るには、以下の経過がある。

(一) 原告は、民族的自覚を持つ韓国籍の女性であり、昭和五一年三月当時既に被告太郎との結婚話があったが、同被告が結婚について原告が事前に日本に帰化することを条件として主張したので、当時同被告の愛情にほだされて結婚後に帰化することを了解していた原告であるが、事前に帰化することは屈辱的なことであるとして拒絶した。

(二) 昭和五一年一一月ころ、被告太郎は、結婚につき原告の帰化を条件として主張するとともに、「会社で出世したい」「朝鮮人と結婚すると先が真暗だ」「会社に知れたら出世どころか皆に白い眼で見られる」等と発言した。

(三) 原告と被告太郎とは、昭和五三年九月、結婚披露宴の案内状につき話し合つたが、その際、同被告は、原告側の差出人として原告の父の本名を記載することに反対し、通称を用いるよう主張したため、結局、差出人は双方の親の名によることを止め、原告・被告太郎各本人の名によることとされた。このような案内状は、家意識の強く残る韓国の風習に反するものである。

(四) 被告太郎は、昭和五三年九月中旬ころから急に態度を変え、原告が被告太郎の母被告秋枝及び祖母被告ふゆと同居することを拒否したからとか、被告太郎には結婚する資格がないからとか、あるいは、原告の父が被告太郎を殴打したからとか様々な理由をこじつけて結婚式の延期や破棄をほのめかすようになつたので、心配した原告がその真意を問うと、必ず結婚すると返事をしていた。

(五) しかるに、被告太郎は、1のとおり婚約を破棄した。

32の経過からすると、被告太郎の右の婚約破棄の行為は、同被告が韓国人である原告と結婚すれば会社で出世もできなくなるとの虞れを抱いたこと等韓国人に対する民族的差別意識に起因する一方的な不当なものであり、原告に対する不法行為を構成する。

4(一)  原告は、本件婚約破棄により、大きな精神的打撃を受けたが、特に挙式直前の破棄通告であつたため、式及び披露宴の案内をした人達にその取消しの連絡をしなくてはならなかつた等、その名誉も著しく傷つけられたことをも考慮すれば、原告の精神的苦痛を慰謝するに必要な慰謝料の額は、五〇〇万円を下らない。

(二) 原告は、結婚に備えて嫁入荷物を整えたが、そのうち別紙処分物品一覧表の品目欄記載の品物は、婚約破棄によりその使途を失い、売却する他なかつた。

本件品物の購入価格は同表の購入価格欄記載の合計一〇九万七八八〇円であり、売却価格は同表の処分価格欄記載の合計二〇万〇五〇〇円であるから、その差額八九万七三八〇円は、婚約破棄と相当因果関係のある原告の損害である。

(三)  原告は、本件訴訟の提起を原告訴訟代理人に依頼し、訴訟終結時に報酬として六〇万円を支払う旨約した。

(四)  右のとおり、原告の被つた損害の合計は、六七一万〇一四〇円である。

5被告ふゆ及び被告秋枝は、昭和五三年一〇月三日、原告に対し、被告太郎の婚約破棄による原告の損害を、同被告らの共有(持分各二分の一)する別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)の評価額の範囲内で連帯保証する旨約した。

6よつて、原告は、被告太郎に対し不法行為に基づく損害賠償として4の金員及びこれに対する不法行為の後である昭和五五年一月一一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告ふゆ及び被告秋枝に対し連帯保証契約に基づき本件土地建物の持分の価額の範囲内である4の金員の二分の一の額及びこれに対する履行期経過後(昭和五四年一一月九日付請求の拡張申立書送達の日の翌日)である昭和五五年一月一一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を被告太郎と連帯して支払うことを求める。

二  請求の原因に対する認否

1請求原因1は認める。

2(一) 同2の(一)のうち、原告が韓国籍の女性であることは認め、民族的自覚を持つことは不知、その余は否認する。

(二)  同(二)は否認する。

(三)  同(三)は争う。

(四)  同(四)のうち、被告らの身分関係は認め、その余は争う。

(五)  同(五)は認める。

3同3は否認する。

原告は、昭和五二年一一月他の韓国人男性と結婚したが間もなく離婚し、その直後の昭和五三年四月以降、右の離婚の屈辱感から早く逃れようとして、原告側と被告ら側との話合いを十分尽さないまま結婚話を性急に進めたため、経済的理由から決められていた被告太郎の母及び祖母(被告秋枝及び被告ふゆ)との同居に不満を表明し、新居の準備が十分でないと被告秋枝を罵倒する等の行為に出た。このような行為に被告らが不信感を募らせると、原告及びその家族は、被告らに対し、暴言、強要、脅迫の行為に及ぶ事態に至つたため、被告太郎は原告との婚約を破棄せざるを得なかつたのであり、その原因はあげて原告側にある。

4(一) 同4の(一)は否認する。

(二)  同(二)は否認する。

本件品物は、原告が先に離婚した韓国人男性と結婚する際に購入したものであり、被告太郎との結婚のために購入したものではない。

(三)  同(三)は争う。

(四)  同(四)は争う。

5同5は否認する。

三  抗弁(被告ふゆ及び被告秋枝)

1仮に右被告両名が原告主張の連帯保証を約したとするならば、右は、原告及びその家族全員が昭和五三年一〇月三日午前三時ころ被告ら方に押しかけ、被告ふゆ及び被告秋枝が原告らの要求に応じなければ被告らの身体に危害を加えかねない気勢を示して脅し、畏怖させたためである。

2被告ふゆ及び被告秋枝は、原告に対し、昭和五五年一月一〇日第五回口頭弁論期日において、これを取り消す旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁1は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1については当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に抵触する右各証拠の一部はいずれも採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1原告は、韓国籍の女性であるが(この点は争いがない。)、日本で生まれ(昭和二八年五月二三日)育ち、昭和四七年一〇月当時短大一年生のとき、大学二年生であつた被告太郎(昭和二五年一一月五日生)と知り合い、約一年間交際して別れたが、昭和四九年一〇月偶然再会して交際を再開した。昭和五〇年一月になると、被告太郎から原告に対し、結婚という言葉についても言及する内容のラブレターが出されるようになり、一方、原告からは、その後のデートの際、原告は韓国籍であるから国籍の違う被告太郎とは結婚できないという話が出されたことがあつたが、被告太郎としては、当時まだ恋愛感情をもつて交際をしていたが明確に結婚を前提とする気持で交際していたわけではなかつた。しかし、同年四月に被告太郎が大学を卒業してから、二人の交際が親密になるとともに、被告太郎の原告に対する恋愛感情は結婚を希求する気持に高まり、同年五月ころ、被告太郎は原告に対し、国籍は問わないから結婚しようと言うようになり、原告も被告太郎と結婚してもよいと考えるようになつた。二人は、同年七月、ホテルに投宿し、また、海水浴に行くなどした機会に、肉体関係を持つに至つた。

2昭和五〇年八月、原告の父親は、二人が交際していることを知り、被告太郎に対し、国籍が違うから交際を止めるようにと電話で話しをしたことがあつたが、被告太郎は、同年一一月、民間会社への就職が内定すると、原告の両親に対し原告との結婚を認めて欲しいと申し入れ、その了承を得、昭和五一年二月ころ、原告と相談して、結納は同年一一月か一二月とし、結婚式を昭和五二年三月にすることを決め、結婚式場の予約をもした。そして、昭和五一年三月には、双方の親族が会食し、紹介し合つた。ところが、当日の原告側の態度につき被告太郎が非難めいたことを言つたことに端を発し、同月末、原告が被告太郎に対し破談を通告する事態が発生したが、間もなく二人の交際が続けられるようになり、時々、二人は肉体関係を持つた。

3被告太郎は、結婚の意思を固めたものの、経済的に独立できるか不安を抱いていたところ、昭和五一年一〇月ころ、原告の母親から、女の価値は結納の額で決まるから結納はできるだけ多くして欲しい等と言われたこともあつて、気持の上で一層負担を感ずるようになり、かつ、また、当時既に朝鮮人と結婚することは会社における出世の妨げになりはしまいかと心配するようになつていたことから、同年一一月ころ、右の懸念を口にし、原告に対し、結婚前に日本に帰化して欲しい、水商売の女や中国人、朝鮮人と結婚すると出世できなくなる等の趣旨の話をするようになつた。加えて、被告太郎の母被告秋枝も、結婚式を少し延期したらどうかと遠回しに結婚を止めることを勧める趣旨と受け止められるような話をするようになつたことなどから、原告は、被告太郎に対する信頼を失い、間もなく被告との結婚を断り、交際もしなくなつた。

二〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する右各証拠の一部及び証人○○○の供述は採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

1原告は、昭和五二年一一月韓国人男性と結婚することになつたが、このことを聞き知つた被告太郎は、原告に対し二通の手紙を送つて出奔した。その手紙の内容は、要するに、被告太郎は内心原告と結婚したいと思い慕い続けてきたが、原告が他の男性と結婚すると知つて衝撃を受け、厭世気分に陥り自殺するという趣旨のものであり、原告に対し、少なからぬ動揺を与えた。被告太郎は、東尋坊方面をさ迷つた後、結局自殺を思い止まつて帰宅すると、心配して被告方を訪れていた原告に会い、原告の決心を聞いてその結婚を祝福すると表明した。

結婚式を挙げた原告は、しかし、その男性が性的不能であるとの理由から間もなく別居し、婚姻の届出をしないまま結婚を解消した。

2原告は、昭和五三年二月末ころの夜半、被告太郎に電話をし、現在結婚した男性と別居中であり、離婚を考えていると打ち明け、同年三月中にも二、三回同趣旨の電話をかけ、前記離婚原因をも明かし、同月末、離婚話が結着したので被告太郎と会いたいと言つた。そこで、被告太郎は、同年四月に入つて原告と会い、その後間もなく原告方を訪れ、原告の両親等に対しても前記自殺未遂の騒ぎを惹き起こしたことを詫びるなどしたが、その際、原告及びその両親から改めて原告と結婚してもらいたい、同年七月にでも挙式することを考えて欲しいと言われ、以後毎週デートを重ねて自らも結婚の意思を固め、五月に入つて間もなく、双方で、結納を同年七月二八日に、結婚式を一〇月七日にそれぞれ行うことと決め、五月下旬、京都市内の聖マリア教会に結婚式の申込みをした。

3双方の間において、昭和五三年七月二八日結納がなされ、八月中旬新婚旅行の予約手続がなされ、同月下旬以降、原告は嫁入荷物の購入を始め、被告太郎も時々原告の買物に付き合つた。

4被告太郎は、結婚したら会社を退職して司法書士をしている兄広の手伝いをしながら司法試験を受けたいと考えるようになり、以前からその趣旨の話を原告にしていたが、昭和五三年八月ころにおいては、広の手伝いをしても一月五万円程度の収入しか得られないことを知り、また、そのころ会社の上司に相談したところ、会社を辞めない方がよいと言われたこと等から、心中会社を辞めない方が得策であると考えるようになつたが、このことを原告にはつきり言わなかつたため、原告及びその家族は、依然被告太郎が結婚後会社を退職して司法試験を受けるものと思つていた。

5前記結納の行われた際に、結婚披露宴の日取り及びその方法については被告太郎に一任されたところ、被告太郎の心積りとしては、披露宴は結婚式から日を置いて、大学時代の恩師に仲人役を、友人に司会をしてもらい、簡素に行おうと考えていたが、昭和五三年九月二日、原告から披露宴は結婚式と同日にしたいとの希望が出され、同月一二日ころ、その希望に沿つて披露宴は一〇月七日結婚式に引き続き行うこととされた。そこで、原告と被告太郎とは、同年九月一七日披露宴の会場を予約し、翌一八日結婚式及び披露宴の案内状の印刷を注文し、同月二三日その印刷ができると、原告は自己の側の招待者及び被告太郎の依頼によりその友人関係の招待者に対する案内状の宛名書きをしてこれを発送したが、被告は、披露宴における仲人役を依頼し承諾を得ていた恩師に対しても、自己の側の親戚、職場の上司等に対しても、右の案内状を発送しなかつた。右の案内状には、出欠の都合を同月二八日までに返事をして貰いたい旨記載されていた。

三右〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、前同様採用しない証拠を除き、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1原告と被告太郎とは、結婚後大津市内の被告太郎の実家の二階を新居とし、被告太郎の母被告秋枝及び祖母被告ふゆと同居することとし、原告は昭和五三年九月三〇日に嫁入荷物を被告方に搬入する予定をしていたところ、被告太郎が同月二五日夜原告に電話をし、被告方二階には被告太郎の机が置かれているが、三室のうち二室は片付けが終り、嫁入荷物を入れられる状態になつたと告げると、原告は、三室全部を使う積りで嫁入荷物を整えていたのに二室しか使えないということ及び被告太郎の机が残されているということ等に不満を述べ、さらに、原告の母親が電話口に出て、夏休みもあつたと思われるのに被告方の準備が十分でない、被告太郎の母親は何をしていたのか、嫁を貰う態度ができていないと非難した。このことにつき気分を害された被告太郎は、同月二六日夜、原告に電話をし、右の件につき原告の母親が謝罪して欲しいと告げた。

2昭和五三年九月二八日、原告が被告方に電話をすると、被告秋枝が応対し、同月三〇日に予定どおり嫁入荷物を被告方に入れたいと述べた原告に対し、結婚後は親等と同居することになつていたのに結婚したらすぐ別居したいというようだが本当か、その積りなら嫁入荷物を入れるのは見合わせた方がよいのではないかと言つたことから、原告は、同居して祖母の面倒を見、家事をしながら働きに出る自信はなく、別居した方が働きやすい、被告太郎は司法試験を受けると言つているが、合格するには何年もかかるであろうし、一月五万円の収入では生活できない、もし子供が生まれたらその面倒を見て貰えるか等と言い、被告秋枝は、同居すれば経済的であるし、祖母も安心できる、原告が働くといつても家事に差し支えのない程度の小遣い稼ぎの仕事をすればよいのではないか、原告らの子供の面倒まで見るわけにはいかない、金銭にこだわるなら被告太郎が司法試験に合格するまで結婚を延した方がよいのではないか等と言い、互いに感情的になつて言い合つた。

3右のやりとりを聞いていた原告の母親は、電話を原告と交替し、被告秋枝に対し、原告に働け働けと言われたのでは不安が募るばかりである、こんな思い遣りのないところへは原告をお嫁にやれないと強い口調で言い、間もなく電話を切つた。

翌同月二九日早朝、原告から被告太郎に対し、原告の父親が被告太郎の会社の上司と被告秋枝の勤務する学校の校長のところへ行つて話をつけてくるとわめいているとの電話があり、また、昼ころ、結婚する気があるのなら原告方に即刻来て欲しい、その意思がないのなら来なくてよいとの電話があつた。

4被告太郎が右の呼出しに応じなかつたところ、翌九月三〇日、原告方から被告太郎に対し、母親と一緒にすぐ原告方へ来るようにとの連絡があり、両名が被告太郎の兄広とともに夕方原告方を訪れると、原告の母親は、被告らに対し、謝罪せよとはどういうことか、この嫁入荷物をどうしてくれるのか、この娘をどうしてくれるのか、うちの娘を女中にする積りか等と怒鳴り、その後帰宅した原告の父親も、うちの娘をお前らの召使いのためにやるのと違う等と怒鳴り散らした後、結婚について話を始めたため、被告太郎は、この結婚話は破談にすると言つた。すると、原告の父親は、怒つて、被告太郎の胸ぐらを掴み、その顔面を一回殴打する等したため、恐ろしくなつた被告太郎は、原告と結婚すると言い直したところ、ようやく解放されたが、嫁入荷物の荷出しは中止された。

5翌日の昭和五三年一〇月一日、原告と被告太郎とは結婚式場の教会へ結婚式のリハーサルに行つたが、その際、被告太郎は結婚しないことを仄せた。また、翌一〇月二日午後九時半過ぎころ、被告太郎は、原告側の態度を許し難いとの気持から、原告にも電話をかけ、原告の母親から一言謝罪して貰いたい、結婚式は中止すると伝えたところ、午後一一時ころ、原告から被告太郎の兄広方へ、原告の親に対し謝罪を求める趣旨は何かとの問い合わせの電話があり、明けて翌三日午前一時ころ、原告方から広方へ原告らが被告方へこれから出向くと予告がなされ、午前三時ころ、原告、父母、兄及び弟が被告方に到着し、被告方に上つた原告の両親は、被告ら及び広等に対し、謝まれとはどういうことか、うちの娘をどうしてくれる、朝鮮人の女をもて遊びやがつて、あの荷物はどうしてくれる、お母さん、これから学校へ行つて退職金を押えてこようか、本人を連れて帰えろうかそれともこの家貰つて帰えろうか、権利証を出せ等と長時間怒鳴つたりしたため、広は、仕方なく、本件土地建物の登記済証の登記済印の部分を原告らに気付かれないように取り外して残し、その余を原告の父親に手渡したところ、原告らは午前七時半ころ引き揚げた。

被告太郎は、同日、結婚式場、貸衣裳、新婚旅行及び披露宴会場等の予約をすべて取り消した。

6原告らは、同三日の夜、再び被告方を訪れ、被告太郎の意思を確認しようとしたが、同被告がまだ帰宅していなかつたためそのまま引き返えしたところ、夜半、広から原告方へ電話により、結婚はできない、あとは法的手段で対処する外ないと通告がなされた。すると、原告らは、明くる四日午前二時半ころ被告方を訪れ、荒つぽいことを言い散らしたため、被告太郎は、原告と二人だけとなつて暫く話をした後、皆の前で、二月後に結婚するとの言遁れを言うと、原告らは午前八時ころ引き揚げた。

しかし、被告太郎は、結局同月七日、原告に対し内容証明郵便をもつて婚約破棄を通告した。

四1以上認定の事実によると、被告太郎は原告と婚約し、結婚の準備を進め、挙式の日も切迫していたのに、その招待者に対する案内状が完成しても自らは仲人役の恩師に対しても、会社の上司や親戚に対してもこれを送らなかつたのであり、右の案内状が出来上り手元に届いた時点においては、原告側と被告ら側との間に格別結婚式を挙行するのに障害となるべき致命的な感情の対立や行違いが発生していたわけではないこと等を考え合わせると、被告太郎自身、実は原告との結婚式を挙行することを迷い、躊躇していたと推認されてもやむを得ない。そして、就職が決まつたら原告と結婚しようと考えていた被告太郎が、就職後逆に、結婚したら会社を辞めて司法試験を受けようとの考えを持つに至つたこと及びかつて原告に対し朝鮮人と結婚すれば出世できなくなる等と言つたことがあることからすれば、被告太郎は、朝鮮人である原告と結婚する以上会社に留つていても将来の昇進、同僚との付合い等が思うようにならないのではないかとの不安を抱き、会社を辞めて司法試験を受けようと考えたものと推認し得るところ、試験に必ず合格するとの保障もなく、会社を退職すると経済的に極めて苦しい状況に陥ることを認識するに及んで、二者択一を迫られ、これが原因となつて、前叙のとおり、原告との結婚自体を迷い躊躇するようになつたと推認することができるのであつて、〈証拠〉によれば、右の迷いと躊躇は、朝鮮人に対する日本人の歴史的民族的感情が、意識無意識のうちに時としてなんらかの社会的制裁の形で顕在化するということについての虞れのしからしむるところということができる。

2さて、前認定の事実によると、被告太郎は、原告らから新居の準備を十分にしなかつたと非難されたのであるが、右は、原告との事前の打ち合わせが十分でなかつたためと認められ、事前に被告方二階を全部使えるものと考えて嫁入荷物の準備をし、心の準備もしていた原告側としては無理からぬところがあるというべきであり、本来ならば、これにつき被告らが原告側と十分に話し合い、積極的に建設的に事を解決しなくてはならないはずのところ、被告太郎は、むしろ原告の母親との電話のやりとりに感情を害されたとしてその悪感情を露骨に表わし、これに謝罪を求めるというまことに穏当を欠く行動に出たのであり、これが原因となつて、原・被告双方の感情のわだかまりが拡がり、原告と被告秋枝との言い合いを導き、果ては双方の家族同士の感情的対立に発展していつたものである。そして、その過程を見ると、被告太郎が、原告側の言動に触発された面があるとはいうものの、基本的には、原告との結婚についての前記の迷いと躊躇の気持を次第に増幅させ、最終的にこれを婚約破棄という形に顕わしたものということができるのであつて、その経過に照らし、右の婚約破棄は、原告に対する被告太郎の不法行為と認めるのが相当である。

五1前認定の婚約に至る経過、挙式直前の婚約破棄であつたこと、原告の年齢、原・被告双方の家族の関り合い、被告太郎の年齢及び社会的地位その他諸般の事情を総合し、被告太郎の右不法行為により原告の被つた精神的苦痛を慰謝するのに必要な慰謝の額は、一五〇万円をもつて相当と認める。

2〈証拠〉を総合すれば、請求原因4の(二)の事実(嫁入荷物の売却処分により原告の被つた損害が八九万七三八〇円であること)を認めることができ、右認定に反する被告太郎本人尋問の結果及び乙第三号証の記載は採用することができず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

3〈証拠〉と弁論の全趣旨によれば、請求原因4の(三)の事実(原告と原告訴訟代理人との報酬契約)を認めることができるところ、右認定1及び2の損害額、本件事案の複雑困難の程度、審理経過その他弁論の全趣旨を総合すると、本件において損害賠償として請求し得る弁護士費用は、三〇万円をもつて相当と認める。

六〈証拠〉中には、被告ふゆ及び被告秋枝の意を体した広が、原告に対する被告太郎の婚約破棄による損害賠償を本件土地建物を処分してでもすると述べてその登記済証を原告に手渡した旨の部分があるけれども、前認定のその場における状況と手渡された登記済証から、わざわざ登記済印の部分が取り外されている状況、証人乙川広の証言及び原告本人尋問の結果に照らし、右述の証拠をもつてしてはいまだ請求原因5の事実(被告ふゆ及び被告秋枝の連帯保証)を認めるには足らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

七以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告太郎に対し損害賠償として五の1ないし3の合計二六九万七三八〇円及び右のうち3の弁護士費用三〇万円を除く内金二三九万七三八〇円に対する不法行為の後である昭和五五年一月一一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余及び被告ふゆ及び被告秋枝に対する請求はいずれも失当である。

よつて、原告の請求を右の限度で認容し、その余をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(久保内卓亞)

処分物品一覧表

物品名

購入価格(円)

処分価格(円)

リビングセット

二四四、五〇〇

二五、〇〇〇

サイドボード

八〇、〇〇〇

二五、〇〇〇

ロッキングチェア

二四、〇〇〇

五、〇〇〇

じゅうたん

一六、〇〇〇

一、〇〇〇

スリッパラック

九、五〇〇

一、〇〇〇

冷蔵庫(サンヨー)

一三九、八〇〇

三〇、〇〇〇

カラーテレビ(日立)

一四五、八〇〇

}四五、〇〇〇

〃の台

一一、五〇〇

電子レンジ(シャープ)

一一八、八〇〇

三五、〇〇〇

洗濯機(シャープ)

三四、八〇〇

七、〇〇〇

電気掃除器(日立)

一九、八〇〇

四、〇〇〇

ダブル枕

七、八〇〇

一、〇〇〇

座布団(夏・冬用)

二二、三〇〇

四、〇〇〇

アイロン(ナショナル)

九、〇〇〇

一、〇〇〇

エィーポット(象印)

三、九八〇

一、五〇〇

電子炊飯器(東芝)

八、四〇〇

二、〇〇〇

ミシン(ジャノメ)

一二五、〇〇〇

四、〇〇〇

毛布(おみやげ用)

一八、〇〇〇

三、〇〇〇

日本人形

一二、六〇〇

}二、〇〇〇

花嫁人形

二〇、〇〇〇

飾つぼ

八、〇〇〇

一、〇〇〇

グリドル鉄板

八、三〇〇

二、〇〇〇

壁掛時計

一〇、〇〇〇

一、〇〇〇

一、〇九七、八八〇

二〇〇、五〇〇

実損額  八九七、三八〇円

物件目録〈省略〉

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